リアナビ

スペシャリストの眼

「斜め45度」の視点

2020年1月14日

第335回 集中連載④ タワマンという名前に込められた「意外な意味」

 私は日本建築学会の会員です。武蔵小杉で2019年10月中旬に発生した、タワーマンションの浸水事件が少し落ち着いた頃、「タワマン」についてきちんと調べようと思いました。

 そしてまず、建築学会の論文検索システムに、「タワーマンション」と打ち込みました。2019年12月上旬のことです。すると、驚くような結果になりました。

 「該当する論文がありません。再度検索してください」。

 「おかしいなぁ」と考えて、もう1度、「タワーマンション」と打ち込んだのですが、再び「該当する論文がありません」。

 建築学会の会員が、「タワーマンションに関する論文を発表していない」ということは、100パーセントあり得ません。そのため、今度は「超高層マンション」と打ち込んでみました。すると、多数の論文(PDF形式)がヒットしました。

 建築学会から見ると「超高層マンション」であって、「タワーマンション」ではなかったようです。

 検索された論文のうち最も古いものは、1991年に発表された、「RC造・超高層マンション床スラブの振動性状と振動評価」でした。また最も新しい論文は、2018年に発表された、「首都圏郊外における超高層集合住宅開発の動向に関する研究」でした。

 しかしながら、私が探していた「超高層マンションの浸水対策」をテーマにした論文は、残念ながら見当たりませんでした。

 なお、最も古い論文が1991年だったのは、「論文がパソコンで執筆されて、その内容がPDF形式で保存され、インターネットで検索して論文(PDF)を読むことが可能になったのが、1991年だった」ためです。

 また、2019年の論文が検索されなかったのは、「建築学会の研究論文集などに掲載された論文は、発刊から1年以内はネット経由で閲覧できない仕組みになっている」ためです。

【■■】建築学会が「タワーマンション」という言葉を認めない理由

 「タワーマンション」という言葉では検索できない・・・。

 私としてはこの事実を確認した後、「いかにも、1886年に設立された、老舗の日本建築学会らしい対応だなぁ」と感じました。

 考えてみると、そもそも「超高層マンション」には、法的な定義は存在しません。それゆえに、専門家は次のように認識しています。

 建築基準法第20条1項、「高さが60mを超える建築物の構造は、政令で定める技術的基準に適合するものであること」が、当てはまるマンション。これは階数でいうと、ほぼ20階建て以上に相当する──。

 この時、気をつけなければならないのは、超高層マンションの平面は、「円形」「正方形」「長方形」「変形(凹形、凸形)」など様々であることです。

 そして平面が「円形」や「正方形」で、高さ方向にスラリとしているのなら、確かに「タワー」のように見えます。

 しかし平面が「細長い形」だと、タワーではなく「壁」のように見えます。これだと「ウォールマンション」と呼ばなければなりません。

 また「平面の横幅」と、「建物の高さ」が同じ程度だと、タワーではなく「箱」のように見えます。これだと「ボックスマンション」と呼ばなければなりません。

 タワー(塔)?
 ウォール(壁)?
 ボックス(箱)?

 学術団体である建築学会としては、このように曖昧な問題を抱えたままで、高さが60mを超えるマンションを、一律に「タワーマンション」と呼ぶことは許されないのです。

【■■】「タワーマンション」という呼び名を考えた人

 さて、「タワーマンション」という呼び名は、いつ、誰が、考えた名前なのでしょうか。

 それを調べる方法としては、大きく3種類が考えられます。

 1番目が「Google」で検索する方法です。2番目が論文検索に特化した「Google Scholar」で検索する方法です。

 3番目が、国立情報学研究所が運営する、学術論文や図書や雑誌などの学術情報データベースの「CiNii(サイニィ)」で検索する方法です。

 今回は、3種類とも試してみました。そして、信頼性が高いと考えられる資料を、「CiNii」で入手することができました。

 その資料とは、毎日新聞社が発行する経済誌、『エコノミスト』2001年7月10日号に掲載された記事で、著者は不動産ジャーナリストの織里季祥氏でした。

【■■】「バブルの塔」と「超高層マンション」を「足して2で割る」発想

 記事には、次のようなタイトルが付いていました。

 ◆都心部に林立するタワーマンションは「バブルの塔」か「再生の象徴」か
  特集──小泉「都市革命」始動、東京バブル・大阪デフレ

 これを見ると、超高層マンションを「バブルの塔」に喩えるために、タワーマンションという言葉を創造したと思われます。すなわち、次のような「足して2で割る」発想です。

 「バブルの塔(タワー)+超高層マンション」÷2=「タワーマンション」

 ここでいう「バブルの塔」とは、旧約聖書の「創世記」に出てくる伝説上の塔である、「バベルの塔」にヒントを得て創られた名前です。

 この「バベルの塔」について、「デジタル大辞泉」は次のように解説しています。

 ノアの大洪水の後、人類がバビロンに天に達するほどの高塔を建てようとしたのを神が怒り、それまで一つであった人間の言葉を混乱させて互いに通じないようにした。そのため人々は工事を中止し、各地に散ったという。

 転じて、傲慢に対する戒めや、実現不可能な計画の意にも用いられる。

【■■】バブル的なにおいに警告するための呼び名

 タワーマンションという言葉の「生みの親」と考えられる織里季祥氏は、それから約半年後に、『エコノミスト』2002年2月26日号に次のような記事を執筆しています。

 ◆都市型・超高層マンション「雇用流動化が都心志向促す」
  特集──これが東京再開発の全貌だ!

 ここでは、「タワーマンション」ではなく、「超高層マンション」という言葉を使っています。

 2本の記事をまとめると、織里季祥氏は通常時には「超高層マンション」と呼んでいたけれども、バブル的なにおいを感じたときに、警告の意味を込めるために「タワーマンション」と呼んだのかもしれません。

【■■】「タワーマンション」から「タワマン」へ

 それから約17年経った、2019年10月12日の夜。台風19号がもたらした大雨の影響で、武蔵小杉駅近くに立つ、「パークシティ武蔵小杉ステーションフォレストタワー」が、浸水による被害を受けました。

 これは、地下3階・地上48階、総戸数643戸のマンションで、2008年10月に完成しています。

 NHKを初めとするテレビ各局、日経新聞や朝日新聞などの全国紙はすべて、浸水被害を伝えるとき「タワマン浸水」という表現を使いました。これは、次のような理由によるものと考えられます。

 理由その1──タワーマンションという言葉が、一般社会の用語として定着した。
 理由その2──「タワマン」と短縮できるので便利。

 超高層マンションを縮めると、「超高層」になるのですが、それだと超高層マンションなのか、超高層オフィスビルなのかはっきりしません。

 それに対して、タワーマンションを縮めると、自然に「タワマン」に落ち着きます。これだと「語呂」がいいし、覚えやすいので便利です。

【■■】タワマン住民本音トーク「高層階は偉い?」「転売に有利?」

 武蔵小杉で発生したタワマン浸水被害から10日後に、『エコノミスト』2019年10月22日号が発行されました。同誌は「タワーマンション」という言葉が、初めて登場したメデイアです。

 10月22日号「新築vs中古──本気で買うマンション特集」には、次のような記事が並んでいます。

  ◇低層からタワマンまで330物件
   「4000万円台」からの人気マンションランキング

  ◇損しないエリアはここだ!
   沿線別値上がり率マップ

  ◇タワマン住民本音トーク
   「高層階は偉い?」「転売に有利?」

 通常時であれば違和感のない特集なのですが、何しろ武蔵小杉のタワマンが浸水した直後です。そのため「高層階は偉い?」「転売に有利?」などというタイトルは、いかにも間が悪い感じがします。

 「高層階は偉い?」
  →→今だと、「エレベーターが止まると高層階はみじめ」と、反論される?

 「転売に有利?」
  →→今だと、「買いたたかれそうでビクビクしている」と、嘆く人も多い?

細野 透(ほその・とおる)

建築&住宅ジャ─ナリスト。建築専門誌『日経ア─キテクチュア』編集長などを経て、2006年からフリ─ランスで活動。

東京大学大学院博士課程(建築学専攻)修了、工学博士、一級建築士。

著書に、『建築批評講座』(共著、日経BP社)、『ありえない家』(日本経済新聞社)、『耐震偽装』(日本経済新聞社)、 『風水の真実』(日本経済新聞出版社)、『東京スカイツリーと東京タワー』(建築資料研究社)、 『巨大地震権威16人の警告』(共著、文春新書)、『謎深き庭 龍安寺石庭』(淡交社)など。


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