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スペシャリストの眼

「斜め45度」の視点

2016年5月24日

第212回傾斜マンションで行われた「愚かなVE」

 杭の不具合によって傾斜した三井不動産「パークシティLaLa横浜」の杭工事に際して、設計・施工者の三井住友建設は、2次下請けの旭化成建材が開発した「ダイナウィング工法」を採用。その結果、マンショに購入者に多大な迷惑をかけた。

 三井住友建設はなぜ「ダイナウィング工法」を採用し、三井不動産(現、三井不動産レジデンシャル)はなぜそれを受け入れたのか。最近になって「愚かなVE説」が浮上してきた。

 問題の経緯を簡単にまとめておこう。

 (1)「ダイナウィング工法」は、支持層を砂質地盤および礫質地盤に限定して、大臣認定を受けている。

 (2) しかし、LaLa横浜の支持層は、ダイナウィング工法には不向きの土丹層(硬質粘土層)だった。

 (3) そのため国土交通省告示第1113号第6の規定に基づいて「杭の載荷試験」を行ない、かつ確認申請時には建築基準法第6条に基づいて「載荷試験報告書」を提出しなければならない。

 (4) しかし、実際に報告書が提出されたのは、杭工事が完了した後だったので、「建基法第6条に適合していないのではないか」と指摘された。さらに、「報告書には、杭の載荷試験が告示第1113号に適合して行われたことを示すデータが掲載されていない」とも指摘された。

 (5) これに加えて、わが国の主な建設会社が組織する日本建設業連合会(日建連)は、「高支持力埋込み杭の根固め部の施工管理方法の提案」(2013年)で、次のように指摘していた。「LaLa横浜の杭工事が行われた2005年の時点では、ダイナウィング工法を土丹層に採用した場合、健全な根固め部を構築する技術は開発されていなかった」。

 日建連のこの指摘は決定的であり、それを受けて「愚かなVE説」が提唱された。

 VE(Value Engineering)とは何か。これは、「必要とされる機能を、最小のコストで確保するために、複数の代替案の中から最もコストの低い案を選択していく」方法である。数式で示すと次のようになる。

 価値(Value)=機能(Function)÷ コスト(cost)

 これをマンションの購入者から見ると、価値とは「安心して暮らせる建物」、機能とは「建物をしっかり支えてくれる杭」、コストとは「安全性を保証するための支出」になる。

 一方、三井住友建設にとっては、価値とは「現場工事の採算性」、機能とは「建物をどうにか支えてくれる杭」、コストとは「ダイナウィング工法がもたらす魅力的な低費用」だったと思われる。

 ここで、「価値」イコール「現場工事の採算性」、と考えたことが間違っている。ダイナウィング工法は、既製コンクリート杭を地下に埋め込む工法なので、現場打ちコンクリート杭に比べてはるかに短工期であり、かつ低費用である。しかしながら、そもそも「建物をどうにか支えてくれる杭」ではなく、「土丹層では建物を支えてくれない杭」だった。

 すなわちVE(Value Engineering)とは何かを勘違いした、典型的な失敗例というしかないのである。

 さて、三井住友建設は2003年4月に、三井建設と住友建設が合併して発足した。そしてVE活動に力を入れてきた。日本バリュー・エンジニアリング協会に「VEリーダー」という資格制度がある。2016年2月29日時点における、VEリーダー試験の企業別合格者累計を表にまとめた。

 全体の3位に入った鹿島建設は、ゼネコンとしてはトップを占めている。ゼネコン大手5社の大成建設、大林組、清水建設、竹中工務店の名前も見える。そして16位の三井住友建設は、18位の大成建設より上位に入っているので、その面では健闘している。

 ただし、問題はその中身である。建設経済研究所の広報誌『RICE』2014年3月号は、「建設産業の生産性改善とVEへの取り組み」と題する記事を掲載している。

 同論文の図表1「現場の生産性向上のための取り組状況」に注目したい。

 この図表は建設会社にアンケート調査をした結果を示している。注目したいのは、2「TQC、VE等の管理手法の導入」が9パーセント、8「新技術・新工法の導入」が18パーセントに過ぎないのに、4「クレームや失敗事例の社内共有」だけが52パーセントと突出している事実である。

 これは何を意味しているのか。建設会社が仮に顧客とのトラブル、瑕疵による不具合、何らかの事故を起こすと、受注機会を喪失する事態に陥ってしまう。よって、「クレームや失敗事例を社内できちんと共有することが大切」という経験則を教えている。

 しかし三井住友建設は、VEがもたらす価値「現場工事の採算性」だけに気を取られて、ダイナウィング工法という禁断の「新工法」を導入したため、最終的にはマンション傾斜という大失敗をしてしまった。この結果から判断する限り、「愚かなVE」と断じるしかないのである。

細野 透(ほその・とおる)

建築&住宅ジャーナリスト。建築専門誌「日経アーキテクチュア」編集長などを経て、2006年からフリージャーナリストとして活動。  東京大学大学院博士課程(建築学専攻)修了、工学博士、一級建築士。日本建築学会・編集委員会顧問。 ブログ『建築雑誌オールレビュー』を主宰。日経産業新聞『目利きが斬る・住宅欄』に寄稿。  著書に、『建築批評講座』(共著、日経BP社)、『建築家という生き方』(共著、日経BP社)、 『ありえない家』(日本経済新聞社)、『建築産業再生のためのマネジメント講座』(共著、早稲田大学出版部) 、 『耐震偽装』(日本経済新聞社)、『風水の真実』(日本経済新聞出版社)ほかがある。


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