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「斜め45度」の視点

2012年2月14日

第58回建替えに13年もかかった「グランドパレス高羽」

 東日本大震災が発生する2ヵ月前の2011年1月。ある意味では、阪神淡路大震災の最後の幕を引くようなかたちで、1冊の本が出版された。坂本典子『阪神・淡路大震災 被災マンション再建―グランドパレス高羽14年の軌跡』(神戸新聞総合出版センター、2011年)である。

 阪神大震災では、83棟のマンションが倒壊・大破し、そのうち64棟が建替えられた。実は、この「グランドパレス高羽」こそが、13年がかりで建替えられた最後の1棟である。

 「グランドパレス高羽」は、六甲山麓の高台に立つ12階建て、178戸、1980年竣工の建物だった。しかし、被災してから建替えられるまで、波瀾万丈の出来事が続いた。

 【第1幕──見積金額の乱高下】

 (1)被災後に初めて開かれた住民集会の席上、管理会社の技術者から、「補修により復旧が可能。費用は建替えの2割か3割で済む」、という説明があった。建替え費用を1戸当たり1500万円と見ると、補修費用は300万?450万だったことになる。

 (2)それから2ヵ月後に、「グランドパレス高羽」を建てた建設会社から提出された補修工事費の見積もりは、1戸当たり約800万円になっていた。

 (3)驚いた管理組合が、建設会社に調整依頼をすると、1週間後に1戸当たり約480万円に減額されて再提出された。

 (4)見積金額が乱高下したため、居住者は何を信じていいのか分からなくなり、疑心暗鬼に陥った。

 【第2幕──建替え派と補修派の対立】

 (5)そのような状態の中で、「建替え案」が浮上。採決の結果、5分の4をわずかに上回る数字で、建替え議案が可決された。

 (6)補修派はこれに反発して提訴した。

 (7)2003年、補修派は最高裁で敗訴し、建替え決議の有効性が確定した。

 【第3幕──再建工事の完了】

 (8)2006年12月、ようやく再建工事が始まった。

 (9)2008年9月、再建工事が完了。兵庫県住宅供給公社が分譲する「グレイスビュー六甲山手」(170戸)として生まれ替わった。阪神大震災以前に入居していた178戸のうち、マンションの権利を持ち続けたのは36戸に過ぎなかった。

 1995年1月に被災してから、最高裁で建替え決議が確定するまで8年、再建工事が完了するまでさらに5年。あまりに長すぎて、沈黙してしまうしかない重い出来事である。

細野 透(ほその・とおる)

建築&住宅ジャーナリスト。建築専門誌「日経アーキテクチュア」編集長などを経て、2006年からフリージャーナリストとして活動。  東京大学大学院博士課程(建築学専攻)修了、工学博士、一級建築士。日本建築学会・編集委員会顧問。 ブログ『建築雑誌オールレビュー』を主宰。日経産業新聞『目利きが斬る・住宅欄』に寄稿。  著書に、『建築批評講座』(共著、日経BP社)、『建築家という生き方』(共著、日経BP社)、 『ありえない家』(日本経済新聞社)、『建築産業再生のためのマネジメント講座』(共著、早稲田大学出版部) 、 『耐震偽装』(日本経済新聞社)、『風水の真実』(日本経済新聞出版社)ほかがある。


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